若林憲司さん Sakamoto Educational Systems Pte Ltd Managing Director Ver 2

その場所、その国にモディファイ(修正)した方がいいよねって。寧ろそうしないといけないよねって思う。解法は変わらないけど、後はローカルの人に受けられるように、変えてもいいよねっ、そうやって伸びて来た。
Q.若林さんが思うSAKAMOTO式の、一番の強みはどんな事だと思いますか?
日本の中学受験は、その学校独自で受験問題を作るのですね。当然、学校の教科書にないものも出て来る。
ところが、小学生はまだ方程式が知らないわけですね。特に文章題はタイプ別で、みんな解き方が違うというのが当たり前だったんです。
このSAKAMOTO式はたった一つの方法で、殆ど全てのタイプの問題が解けちゃうよって。魔法みたいな解法、しかも難しくない。
Q. それは日本独自のものなのですか?
日本独自のもの。
最初はシンガポール人も躊躇っていたんですが、これならわかるって子ども達が増えて来て。こちらは落第点が50点なのですが、その辺りで点数がウロウロしていた子が、最終的にはPSLEでBランクになった。めちゃくちゃハッピーですよね。
こういった結果がニュースとなって広がった。
我々は計算塾ではない、計算の教え方なら色々な方法がある。文章題(難問)も同じ方法で解けちゃうよ。このロジックが凄いんです。
Q. ある解き方があるんですね。
学校の先生も教えてくださいと言ってきます。とういうのは、なぜなら生徒が答えを書いて解答は正解なんだけど、どうやって解いたのかわからないって。
これは大変だ、教えなきゃアカンと思って学校にダイレクトメールを送って、半時間程度のプレゼンテーションをしたんです。そしたら、先生たちも学びたいって。それで、2時間の無料ワークショップを開催し始めたんです。そしたらさらに真剣な学校があって、お金を払うからもう一回教えにきてくれっていう学校もありました。
プロがみたら凄いって、わかるんです。
Q. 若林さんのSAKAMOTO塾との出会いは、どんな事だったのでしょうか?
神戸にある大学を卒業して商社に入って、そこで9年間勤めて、ただ忙しくて……。
転職しても景気のいい時代でしたから職はなんかあるだろうって思って。家族でゆっくり旅行などしている頃に、たまたま新聞で求人広告をみて、海外進出があると書かれていたんです。大阪だったのですが連絡をして行ってみたんです。
ところが、先方が面接のことを忘れていて、行ったはいいけど近くの喫茶店で3時間待たされたんです(笑)
Q. えっ、忘れられちゃったんですか?(笑)
当時は、携帯電話もないので指定された喫茶店で、ぼーっと待っていたんです。やっといらして、その喫茶店でそのまま面接して「じゃ、明日から来て下さい!」って(笑)
あっ、採用ですかって?(笑)そこで決まったんです。
Q. その場でですね。(笑)
会社に行った日にある算数の問題を出されて、方程式を使わずに一度解いてみて下さいと言われて。今時の6年生って、こんな難しい問題をやるんだーと、びっくりしましたね。
その後に、SAKAMOTO式で解くとこうなりますと見せられて、もう、感動しました。なんて簡単なんだ。これなら小学生でも出来るよねって思いました。
既に社内ではシンガポール進出を考えていたので、授業の担当と並行してシンガポール進出プロジェクトのための教材の翻訳、編集を担当しました。
Q. なるほど。それでシンガポールへ来ることになったのですね?
問題を翻訳、編集して「如何ですか?」って、シンガポール教育省へ持って行くのです。そうすると指導されるんです。もっと、ここはこうしてとか、ここの問題は違うよとか、色々と指導される度に持ち帰って修正する。
これ、3年かかったんです。
Q. へー 3年もかかったんですね。
ようやく教養コースとして認可が下りたんです。それで、シンガポール進出することになったのです。自分は神戸市外国語大学でしたので、元々海外で何かしたいと思っていました。SAKAMOTO塾に入社したときも、ひょっとしたらチャンスはあるかなというのは、ぼんやりありましたね。
Q. 海外に行く事になって、家族からはどんな反応だったのですか?
全く反対なしですね。9年勤めた前の会社を辞めるときも「いいんじゃない?見てたら辛そうだし」って。(笑)
Q. 奥様からそう言われたのですか?
生活どうするの?って、言われるかと思っていたら、逆にいいんじゃないって(笑)
Q. 素敵な奥様ですね。でも、来た当初は日本人の知り合いもなく、生活がスタートされたのですよね。
先進国だから東京のようなところだと思って来たんですけど、都市らしいと思えるのは町の中心部だけで、ちょっと出ると違う。日本のイメージだと、ちょっと電車に乗っていくと自然があって、駅毎に景色が変わって、そんなことも楽しめるかなーと思って、ある時電車で一周したんです。
そしたら、電車が留る駅の周りは緑の芝生とHDB(公営住宅)どの駅も、緑の芝生とHDB。また行っても、緑の芝生とHDB。まさか全部、緑の芝生とHDB?もう、びっくりしましたね。(笑)
Q. 確かに、郊外ほどHDBが多いですよね。(笑)
それでローカルの友達にシンガポールには自然がないのかって聞いたら、シンガポールにだって山はあるよって言われたんで、そうかって思って。自分は高校生の時に登山をやっていたので、登山用の格好をして、友人の言うブキティマという場所へ行ったんです。
なんとなーく、ここかなってところからスタートして、しばらく歩いたら「ブキティマサミット」って書いてあって。でも、360度木々に囲まれて何も景色が見えない(笑)あるのは無粋な鉄塔だけ。
これが頂上?って。その後、家族でバギー(乳母車)押して行ったくらいです(笑)
Q. お話を少し変えますが、いまは経営者としておられると思いますが、シンガポールでビジネスをやっていく上で、どんな良かったこと、また難しいことがありましたか?
ここは、いろいろな出会いはあるのですよね。だから色々なチャンスはあるのです。
ただ、それがチャンスだとは最初はわからない。逆に良いと思ったことや、これだ!と思ってやってみたら騙されたり。日本に普通に働いていたら経験しなかったことだと思います。
Q. なぜ、それは違う経験だと思われますか?
日本は、ほぼ皆同じ様なバックグラウンド、習慣や基本ルールが殆ど一緒。こちらは色々な人種がいて、色々な幅の広い考え方の上で成り立っている。アプローチも違えば、捉え方、人の付き合い方がある。
日本ではみな考え方が似ているから、それ以外の考えた方は要らないと排除していける。
でも、こちらでは色々な考え方があるから、柔軟に行かないとならならい。日本でこれは正解、違うという尺度が、ここには当てはまらないという事を痛切に感じました。
例えば、日本の指導方法がそうでも、こっちに来たら変えていいよね。
Q. 変化させていくってことですね。
その場所、その国にモディファイ(修正)した方がいいよねって。寧ろそうしないといけないよねって思う。
解法は変わらないけど、後はローカルの人に受けられるように変えてもいいよねっ、そうやって伸びて来た。
Q. なるほど。それでは良かったなと思うことは、どんなことですか?
この20年、もし日本に居たらどうだっただろうな〜って思う。
ここに居ると真剣にならない。なんとかなるだろうって感覚になる。なんなりと食って行けるって妙な自信が湧いて来ますよね。(笑)
Q. へ〜?そうなんですか?(笑)
この国が正直なのは、例えば、こちらの年金は自分の貯金なんですね。「自分が稼いだ分だけです」って、クリアですよね?
でもはっきりと年金だけでは食べて行けないって、シンガポール政府は正直に言っていますよね?しかも自分でなんとかせよって、そのガイダンスをしてくれています。
生活して行く中で、こういった感覚を養える。そのチャンスの土台っていうのかな。日本では数少ない気がしますね。
実際、富裕層がシンガポールに来るのは、こういうクリアなところがやり易いんじゃないでしょうか?
Q. なるほど。確かにこの国のシステムを、上手くそれを活用すれば、互いにとって良いベネフィットを得れるところがあるのかもしれませんね。
この国を作った人は、本当に偉い!
都市計画に基づいて計画的にしていますよね。しっかり教育制度があって、国のために貢献せよって国づくりをしてきた。24時過ぎで女性が一人歩いていても安全。こんな東南アジアの国はないですよね。
To be contended.
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